理工学部生の憂鬱

日々思った事、やってることの備忘録

勝つためにはフィールドを選ばなくてはいけない

 

今週のお題「表彰状」

 

運動はからっきしでしたが、文化的な方面では
幼稚園から大学まで、大小さまざまな賞を頂いてきた。
特に高校時代は全国規模のコンテストで最優秀賞を頂いた。
ただ純粋にポテンシャルだけでみたら、ぼくよりも実力のある人物やチームはごまんといる。
そうした中で勝ち抜く為には、自分が勝てるフィールドで戦わなくてはいけない。
今日は、高校自体の経験を混じえながら、その話をします。

 

 

高校時代の話

ぼくが通っていた高校は、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)というものに指定されていました。
SSHは文部科学省(文科省)と科学技術振興機構(JST)が手がける事業で、
平たく言えば、理系に特化した人材を育もうという取組みです。

SSHに指定された高校(SSH校)では指導教官と少人数の生徒のチームで課題研究というものを行います。
研究のテーマは様々で平成28年度の発表会で入賞したものをみると「シャープペンシルの芯にかかる力と折れやすさ」という高校生らしい着眼点のものから、「水平軸回転飛行物体の飛行性能の向上に関する研究」という何やら仰々しいものまで多種多様。
ぼくも物理・電気分野の研究テーマを扱っていました。

発表の場として最も大きいのが毎年夏に全国のSSH校から1テーマずつが出場する生徒研究発表会。
他にも地域ごとに小規模なSSH校が集う発表会があったり、
高校生を対象にした科学コンテスト(SSH校や科学系の部活動、工業高校が出場)などがあります。

生徒研究発表会なんか夏休みの真っ只中にパシフィコ横浜やインテックス大阪などの展示場を3日間も貸切り、しかも近隣のホテルも高校生の為に借り上げるのですごいなって思います(税金の使い道)

ぼくは生徒研究発表会で生徒投票賞と、高校生を対象にしたコンテストで上位入賞を果たしました。

 

 

勝つには

基本的にぼくは賞そのものには興味がありません。

研究で課題を乗り越え、目的を達成することが大切だからです。賞はその結果であって、賞をとるために研究をしているわけではない

ただ賞をとっておいた方が高校の宣伝材料になるし、SSHは5年ごとの更新なので、目に見える実績があったほうが再指定されやすいだろうと、
先生への恩返しの意を兼ねて、賞をとるための工夫を行った。

 

賞とは何かの功績に対して与えられる。

スポーツに関して言えば、大会で最も良い記録を打ち立てた選手、試合で最後で勝ち残った選手に賞が与えられる。
文化系でもタイムや試合の勝ち負けなど目に見えやすいカタチではないものの、基本的に最も良いものに賞が贈られる。

どちらも何かの尺度があり、その中で最も優れたものが賞を獲る。

ぼくが(競技としての)スポーツをするのが嫌いなのが、どの大会に出ても
基本的なルールは同じで、同じやつが勝ち上がっていくからだ。
母数が多い中で上位に入るのは難しい。

しかし文化系は勝ち方が多種多様だ。
例えば先の生徒研究発表会なら審査員が真っ当に研究としてどうかという尺度で審査されるが、一方で生徒投票賞というものも設定されている。
こちらは出場する高校生が互いに良いと思った研究に対して票を入れ、多くの票を得た研究に対して贈られる賞だ。
役人や学者などの大人からなる審査員と、高校生では、ウケるポイントが違う。
前者にはより丁寧で学術的に優れた研究成果を見せる必要があるし、後者ではキャッチーでわかりやすいものにした方が良い。
スポーツでは同じ尺度でしか測られないが、生徒研究発表会では2つの尺度から測られる。

高校生を対象にしたコンテストも、1つは発明工夫展的な大会で、研究をベースにして実用的なアイディアを提案、試作品を1つか2つ持ち込んだら最優秀賞をいただいた。

もうひとつは論文を送る形式のコンテストで、トライアンドエラーの姿勢が愚直で高校生らしいと優秀賞とともに講評をいただいた。

ようするに学術的な面では、ぼくの研究では他の研究には勝てない。

しかし、実用的な形にする、高校生らしいという面では伸びしろある。スライドやポスターの資料もインフォグラフィックを多用しキャッチーなものにしているし、プレゼンも観客を巻き込んだりする。

そういう発表をするのは少数派。邪道かもしれないが相手の記憶に残るし、実際に賞をとるに至っている。

何もポテンシャルを持っていないフィールドで戦う必要はない。
自分が持っているポテンシャルでもって勝てるフィールドを探してきて、そこで戦えばいい

ぼくが吉田沙保里さんにレスリングで勝とうとするのは難しい。でもレスリング以外なら勝てる分野があるかもしれない。