理工学部生の憂鬱

日々思った事、やってることの備忘録

名古屋ボストン美術館「ボストン美術館の至宝展」

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半月以上も前だが、名古屋ボストン美術館で催されている
「ボストン美術館の至宝展」に行ってきた。
忙しさを言い訳にして記事を書くのを後倒しにしていたら、閉幕まで10日と切っていた。

 

 

概略 名古屋ボストン美術館

名古屋ボストン美術館はアメリカにあるボストン美術館の妹姉館で、
自身ではコレクションを保有せず、米ボストン美術館のコレクションの展示を行っている。
開館直後から資金難にあえいでおり、一時は研究部門たる学芸部が廃止されるほどであった。
何度か持ち直すも、とうとう今年2018年10月に閉館することが決まった。

 

7月1日まで開催されている「ボストン美術館の至宝展」は最後から2番目の展覧会である。
本展では、米ボストン美術館がコレクションの柱としている
「古代エジプト美術」「中国美術」「日本美術」「フランス絵画(印象派絵画)」「アメリカ絵画」「版画、写真」「現代美術」から、それぞれ選りすぐりのコレクションが紹介されている。
後半のコレクション群は、新大陸にある美術館であるので収集しているのはわかるが、
古代エジプトやアジア圏のコレクションが充実しているのはどうしてだろうか。
これはボストンの地理が関係している。
ボストンはアメリカの中で歴史ある都市で、主要な港の1つに数えられる。
独立前夜、イギリスの植民地政策に反発から勃発したボストン茶会事件にその名を残す。
港街ということで、貿易で富を築いた富豪というコレクターがおり、
アジア圏の芸術品というコレクションも、海を渡りボストン港へやってきた。
世界有数の知の巨人・ハーバード大学もボストン近郊にある。
このハーバード大と米ボストン美術館が共同でエジプトの発掘調査を行い、多数の出土品を保有するに至った。

 

 

展覧会をみて

特に印象に残たのは「古代エジプト美術」と「フランス絵画」のモネの風景画だ。

世界ふしぎ発見をよく観るのだが、古代エジプトが頻繁に取り上げられる。
毎回興味深く観てはいるのだが、いかんせんエジプトに関する経験の引き出しがなく、観ていても実感が沸かない。
日本や行ったことのある国などであれば、テレビの映像を通して、目の前で広がるであろう風景、肌で感じられるであろう空気を想像できる。
しかしエジプトではそれができない。エジプト特集は回数が多いだけにさみしさすら感じていた。
しかし今回、実際に古代エジプトの遺産を直接目にし、石像や装飾品の質感、壁画にわずかに残った古代エジプトの塗料といったテレビ越しでは味わえない体験・知識を引き出しにしまうことが出来た。
エジプトの回が楽しみである。

モネら印象派の作品も展示されており、名古屋市美術館の「モネそれから 100年」を観て感度が上がった直後であったので鮮烈に眺めることができた。
「睡蓮」はそこに風景を切り取った窓があるような錯覚に陥ったし、「アンティーブ、午後の効果」は日本にはない海外の色彩に嘆息がもれた。

 

 

さいごに

今の時代、家にいながらにして、いや場所によらずテレビやネットで、世界中の名画や歴史的遺産を見ることができる。しかも高画質な画面で、誰にも邪魔されずにだ。
では何故、人でごった返す展覧会に足を運ぶのか。
実体験を引き出しにしまうのと、予想外の感動を味わうためだ。
先も触れたが、自分の中の引き出しが充実していれば想像の翼を広げて楽しむことが出来る。
引き出しの中身として、スマホ上の画像では力不足で(複製にしろ本物にしろ)実体でないと質感やツヤ、内包されたエネルギーなどは味わえず、引き出しの中身にはなりえない。
またスマホは自分で選んだ情報しか見れない。
だが展覧会は否応無に様々な作品が視界に入ってくる。意識していなかった作家や作品、ジャンルがひたと心に触れる瞬間がある。
不意打ち故に、心の中にスッと入ってきて、思わず涙しそうになったこともある。
こうした感動は、自分以外の誰かが我がままにセレクトものの中に、予備知識なしで飛び込んだ時しか味わえない。
だから美術館に行くのはやめられない。